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8月, 2025の投稿を表示しています

大阪も行きたいよね

神楽坂の一棚書店から、本が旅立った。「つくる人になるために: 若き建築家と思想家の往復書簡」という灯光舎さんの本で、装丁も凝っているお気に入りの本だ。ぺぞ書店開店2カ月にしてはじめてお買い上げいただいた。良き本は、良き人のところへ。 自分が置いた本を買ってもらえるのはやはり嬉しい。勤め先もそうだが、ぺぞ書店は東京日仏学院内の書店の、それもすみっこにあるので、見つけてもらえるのがもうありがたい。そろそろ、棚替えに行ってあげないといけないな。 休日だったので龍が如く0をやりこんでいた。桐生ちゃんと真島の兄さんがまだ出会う前の物語。2人の主人公が神室町(歌舞伎町)と蒼天堀(道頓堀)を舞台に別々の視点で極道の抗争に翻弄され、次第に交わっていく。こういう、多視点ものはゲームでも本でも好きなので面白かった。 如くシリーズはもうナンバリングだけで8まであるが、ようやくSwitchで展開されはじめたのでこれから先も楽しみにしている。11月に2か゚出るようなので、それまでは0の寄り道回収に勤もうと思う。

この世界の真ん中で

一週間が無事におわる。なんだかくたびれた。本番は来週からだというのに、電車の座席にもたれかかると心地よい疲労感に包まれ、眠気がどっと押し寄せる。催事に連続で勤務するのが実ははじめてなので、こんなことでは足腰が立たなくなるのではないかと今から心配である。 しかし、過去2回と比べても事前準備への関わりが増えたので、そのぶん楽しみも大きい。真心をこめて包んだので喜んでもらえたら嬉しい。きっといろいろ予期せぬエラーが発生するのはわかっているので、どうせならそれさえも楽しもうと思う。地球が爆発しなければ大丈夫。 そういえば、今の身分での勤務は今日が最後だということにはたと気づいた。今日は時間間際までなんだかんだバタバタしていたのでなんの実感もなかったが、来週からは一応、言い訳のきかないポジションになってしまう。 昨日、同僚たちと話している時に「なんで社員になってくれたのか」と問われて、咄嗟に正しく答えられなかった。本屋が好きになったというのもあるが、頑張っている人を応援したいということ、身辺大変な時期に拾ってもらった恩義があること。少なくとも、返し切るまではここにいるつもりだ。

4098〜封鎖された新大久保で〜

今日は一日中封詰めとシール貼りの内職をしていた。これは僕がひとつひとつ心をこめて包んだ缶バッチですよと皆様に主張したい。昨日の客入りは上振れだったが、今日もまあ悪くない栄え方だったと思う。 夜は同僚達とネパール料理屋で干し米などを食べた。ダルバートはたぶんはじめてだったが、いろんな付け合わせと食べられて旨かった。新大久保は本当に食べ物に事欠かないまちだ。 うちの会社は大半が中途採用で、またどこかへ行ってしまうことも多い。みんなの人生の交差点だな、とふと思った。今日のメンバーは皆大人で居心地がよいが、ずっと同じではないかもしれない。大切にしたい。  明日もたぶん内職祭りだ。今回のグッズはとりわけ可愛いので、袋詰めといえども楽しい。なんだか文化祭の準備をしているみたいだ。

明日の本屋に幸あれ

少し前に、今の3倍お客さんが来てくれたらこのシノギだけでやっていけると書いたら、今日ほんとうにそうなった。何があったのかわからないが、入学シーズンでもイベント期間でもないのに勤め始めてから一番たくさん来客があり、売上もこの半年では一番高かった。毎日こうあってくれたらいいのに。 まあ長くやっていればこういう日もあろうということだとは思うが、その「長くやる」ことが大切やに思う。店はなるべく開ける。売れ筋のストックは切らさない。来てくれた方への一匙のもてなしを忘れない。とにかく、本屋として存在しているという既成事実を主張し続ける。半年やってきたことがかたちになりつつある・・・のかもしれない。 にぎわいの傍らで内職も捗った。今度の催事で販売するグッズの封詰めだ。手先を使う細かい作業は苦手だったのだが、ここに来てからかなり鍛えられた。結局苦手のほとんどは(フィジカルの要求を除けば)苦手意識によるものなのだと思う。 毎日こうなるために明日もまた頑張るのだ。半端ないぱっぱらっぱっぱらっぱらっ。

事務こそが最強のスキルである

っていう本書いたら売れそうじゃないですか。 まあ事務の定義もあいまいだけれども、たとえば大学で先生が避けたがる、事務。行政で手続き上煩雑だけどどうしてもやらざるを得ない、事務。世の中、新しいことをしたり企画を立てたり社会的意義のあることに勤しんでくれる人はたくさんいるが、その横に必ず存在するいわゆる「事務」を掃除機のように吸い取ってくれる人は案外貴重なんじゃないかいという話。 自分に関して言えば、そういう煩雑な事務にたぶん慣れてはいて、べつに嫌いじゃないというかむしろ好きまであって、僕がそれをすることでだれかのパフォーマンスが上がるならわりと喜んで引き受ける性格なので、これが今までの研究者支援にも繋がっていたと思う。そして別に必ずしもその対象は研究者じゃなくてもよくて、応援したい人だとか、うちの組長みたいになんかよくわからんけどアホほど仕事抱えてそうな人()から雑務を剥がすというのはこれでけっこうやりがいがあるのかもしれない。 しかし昨今では大学の職員も高度化が進んでいて、ここでいうようなブルドーザー型の事務を突き詰める人はたぶんもう求められていない。なので僕のようなタイプはちゃんと飼い主を見つけて、自分が草むしり検定1級であることをアピールしたほうがいいのだろう、ということにこの歳になってようやく気がついた。

カラダもってくれよ

ようやっと、労働条件が提示された。もしこのタイミングで「この条件ならやめます」と言われたらどうするつもりだったのか気にはなるが、想定の範囲内だったので意地悪せずにちゃんと引き受けた。だいたい大学にいたころくらいの水準に戻ったといえるが、それでいいと思う。引き換えに、無茶をしなくて済むならば。 ただし僕は至極まっとうな労働者なので、成果はあげたい。きっちりシノギをおさめて、この世界でのしあがるのだ(すーぐ影響される)。さておき、利益率がどうのこうのと言われようとやはり僕は自分は書店で採用されたし、この書店が気に入っているので理想は書店の売上だけで十分なシノギを得ることだ。 ちなみに試算では、いまの3倍のお客さんが来てくれればそれが達成される見込みだ。企業への研究開発投資3倍増という謎の言葉が頭をよぎる。僕が店番をする日はこれからぐっと減るが、連絡をもらえればその後おいしい韓国料理(梁の家)かネパール料理(モモ)をごちそうするのでぜひ新大久保に遊びに来てほしい。

棚主になってみて

一棚本屋を棚主になって2ヶ月ほど経つ。それでちょっと感じたことがふたつ。ひとつは棚が足りないことと、もうひとつは棚つくりが難しいということ。 そもそも雇われとはいえ、店ひとつそれなりに自由に手入れできていた身からすると、いくら選書が自由でも棚一つでは置きたい本に対して広さが圧倒的に足りない。せめて列一本分くらいはないと満足できない、ということがわかった。 それから、棚をいじるために都度出向く必要があり、それが難儀だ。店ではすぐそこに棚があってヒマさえあれば棚変えもできたので、休日に搬入や入れ替えのためだけに出かけるというのはなかなか骨が折れるというか、どうしても腰が重くならざるを得ない。 まあ、ゆっくり自分のペースでやればいいとは思うのだが、もはや棚じゃなくて本屋を開業しないと、自分の欲は満たせないのではないかという気がし始めている。

SNS大作戦

つとめ先のSNSアカウントのフォロワーを増やさなくてはならない。前にも書いたが、僕は数値目標を立てるのは目的と手段が入れ替わる危険をはらんでいてあまりすきではないのだが、そうも言っていられないというか、なにはともあれお店のことを知ってもらわなければはじまらないので、同僚とあれこれ試す日々だ。 間違えたくないのは、SNSで流せるのはあくまで情報であって、サービスそのものではないことだ。たとえよい情報、面白いネタだったとしても、実際に提供しているコンテンツがそれと離れたものだった場合、情報の部分で人は止まってしまう。あるいは商品を見に来てくれても情報とのギャップに落胆してしまう可能性がある。 だから、本当はありのままを見せるのがよく、ありのままを見せて人が来たいと思うようにコンテンツ側の質を高めるのが先決だと思うのだが、企業体においてその意見を通すのはなかなか難しい。まさしく危険視していた「目的と手段の逆転」がおき、いいからフォロワーを増やしてくれという話になりがちだ。 ただ、日々前進はしていると思う。今日はプロフィールの一新にこぎつけた。みんな、よかったらフォローしてあげてたもれ。目標はとりあえず僕の個人アカウント超えです。 https://x.com/coachbooks41?t=4yPj90naWWkEPv4RMG5mjg&s=09

ちかって◯しはしていません

開封の儀を経てさっそく龍が如く0をダウンロード。初代龍が如くの時代が2005年なのに対し、0は1980年代後半、バブルの絶頂期。そして当然桐生ちゃんも若い!(おそらくハタチそこそこのはず) まだほんの最初しかプレイできていないが、若気の至りを感じさせる桐生ちゃんと錦山の登場にはやくも涙を禁じ得ない。 電車の中で一篇ずつたいせつにたいせつに読んでいたSFアンソロジー、「すばらしき新式食」を読み終わってしまった。それぞれが実際ほんとうにすばらしくて、余韻が残るせいで続けて二篇以上読むことがなかなかできなかった。とてもいい読書体験をした。次に何を読むかちょっと考え込んでしまうほど。 今日はLo-fiという音楽ジャンルを教えてもらった。すっかり若者から流行りを教えてもらうおじさんと化しているが、教えてもらえるのはありがたいなと思う。ノイズや歪みが特徴的な、温かみのあるアナログなサウンド、だそうだ。チルいLo-fiがいいらしい。せっかくなので長らく店内のBGMを司り、朝着替える時に口ずさまないと落ち着かないほどこびりついたシューマンの子供の情景から、このLo-fiというものに切り替えてみた。なかなか悪くない。いくつかバリエーションを用意してみてもいいかもしれないなと思った。

任天堂さんありがとう

テニュア登用の面接を受けた。面接者は今日はブラッキーのシャツだったのでドドゲザンにしなくて良かったと思った。「入社してからの展望」だとか「今後鍛えたい分野」だとか思ったよりしっかりめの面接(なんだと思っているんだ)だったが、まあソツなく答えられたんじゃないか。「最後に何か聞きたいことはありますか」という定番の質問に「ポケモン好きなんすか」と言いそうになったが、今じゃない今じゃないとどうにか自制した。 なにはともあれ、ひとまず身分は安定しそうだ。ちなみにこの期に及んで特に条件面は聞かされていないがどうなるのだろう。贅沢は言わないので毎日トンカツが食べられるくらいのえらすぎず貧乏すぎずちょうどよいとされるお給料をください。できたら有給もください。  帰ったらようやく当たったSwitch2が届いていた。採用(仮)祝いということにしよう。はやく龍が如く0の世界に潜り込みたい。如くはみんなやっているのでネタバレ回避も一苦労なんだ。今年は年末にかけてポケモンレジェンズや往年の名作ファイナルファンタジータクティクスのリメイクなど充実したタイトルが出てくるようなのでしばらくは快適な余暇時間を過ごせそうだ。 それではいざ、開封の儀へ。

嘘つきブロッコリー

今日はひたすらデータクリーニングをしていた。絶妙に手作業を要求される汚さ(笑)だったのでせっせと整理していく。正直、有料のAIにつっこめばなんとかしてくれる範疇だと思ったが、環境的にできなかったので仕方がない。それに実のところこういう地道な作業は嫌いじゃない。 「漢文世界のいきものたち」にワールドトリガーの水上敏志が登場するというので同僚が該当ページを見せてくれた。文章で触れられているとか、それらしいイラストの挿入なんかを想像していたら、思ったよりがっつり原作の一コマが差し込まれていて笑ってしまった。著者の高芝麻子先生がワ民のようで、絶対やりたかっただけだろこれはと思った(生駒隊がすきなんだろうな、とも)。 帰りしな、3COINSを少しだけ覗いて今度の催事に向けてなにかいいイメージがわかないかとウロチョロした。3COINSはすごい。ものすごい頻度で新しい企画や商品が出てくる。眺めるだけも発想力が鍛えられる気がする。この間は、推し活グッズを収納するケースやスタンドがあり、思わず参考に買いそうになった。 明日は、いまの勤め先でテニュアを得るための面接がある。同僚は1時間30分話したと聞いて戦々恐々としている。面接者は、前に見た時はミミッキュのシャツを着ていたので、ポケモンの話をしたら喜ぶだろうか。こちらはドドゲザンのシャツで勝負したほうがいいだろうか。でも、ちょっと話してみたいなと思っていたのでちょうど良い。どんなビジョンを持った人なんだろう。

はい、いらっしゃいませ

というわけで時代に大逆行してブログを開設した。noteを続けてもよかったのだが、フォロー/フォロワーというSNSの色が抜けきっていないなと思ったのでいっそ原点にして頂点であるブログに日記をかけばよかろうという結論になった。 それから、結局Twitterの元のアカウントは残すことにした。あるのに見ない、というのはとても大変だが、もう今となってはあれは僕だけのものではなくなっている気がするので、ならばいっそ、ちゃんとしかるべき時に役に立って、ぺぞ像として後世に伝えられておくれ。 そんなわけで、ぺぞ日記season2.のはじまりです。

パン活を研究する

今、ラブブというキャラクターが流行っているということを教えてもらった。うさぎのような耳にスティッチのようなギザギザの歯。身体はたくさんの毛で覆われているモンスター(公式には精霊らしい)で、そのぬいぐるみ?をかばんにつけたりして楽しまれているそうだ。全く知らなかったが、同僚に尋ねたら「もちろん知っている」とのことだったのでちょっと悔しい(世界的な流行だそうだ)。 なんにしても新陳代謝が高まるのはよいことだ。帰りは大久保図書館と新宿紀伊國屋をはしごして、本の代謝を上げてきた。大久保図書館は実ははじめて行ったのだが、けして広すぎないワンフロアのなかにきゅっといい本がそろっていて、うちも見習いたいなと思った。新宿紀伊國屋は相変わらずダンクマールのようなデカさで絶望しかけたが、全く違うふたつの施設を短時間に見比べることで「で、うちにできることは結局なんだっけ」と問い直すいいきっかけになった。 それにしても、何をしたらパンダファンの皆様に喜んでもらえるのかというのは皆目見当がつかない。アイドルとしてパンダを見た時、あたりまえだがパンダ側から観客への意識的なコミュニケーション(いわゆる「ファンサ」)が行われない以上ほば全ての情報がファンの解釈に委ねられるわけで、あまりにも自由度が高すぎる。かといって、制作側がコンテンツとして色をつけすぎるのもどうも違うような気がする。やっぱり知識偏重のパンダ・カデミアかパンダによりもたらされるパクス・パンダーナしかないんじゃないか。 どうでもいいアイデアばかり思いつくので頭が痛いが、まあ結論はいつもと同じで、いちスタッフとして尽くすしかないのだとは思う。残り三週間、まだまだくつくつ煮込んでいこう。

ところで8月下旬っていつからですかね

二人で店番をしている時はボケっとしているわけにもいかないのでこの半年で覚えた本やパンダに関する知識やうんちくをあれこれ披露したり、レジ打ちで困ったらコールセンターにかければ絶対助けてくれるよという(間違った意味の)他力本願な魁星君のようなことを教えて過ごしたりしている。基礎はすっかり身につけてくれたので感心するばかりだ。 本のことは多少なりとも能動的に勉強した自覚があるが、どのパンダが今どこにいるだとか、飼育下では30歳くらいまで生きることもあるだとか、5ヶ月齢の体重が10キロくらいだとかは気がついたら覚えていた。パンダは実物もしくは実写が人気なのはわかっていてもパンダ・カデミアという知識偏重のPodcastを始めたくなる。 店に常駐する人が増えていちばんありがたいのは、自分では到底発想できない考えやアイデアを提供してもらえることだと思う。ちいかわと「かわいい」論を並べる見せ方は僕には思いつかなったし、入り口付近が少し暗いという以前から抱えていた悩みに対して、暗いだけじゃなくて「どう見えてるか」まで具体化してくれたのでとても助かった。 頼れる後進がいい店づくりをしてくれそうなので、あとはいかに見つけてもらえるか。雇い主の思想とマッチするかはともかく、僕個人は今はバズや過度なアテンションよりもコツコツいいものをつくり続けることが大事だと思っているし、実際既刊はそうだとはっきり思っている。フィジカルが浮く分、可能な限りハンドリングを心がけたい。

悩める今日の晩ごはん

締めの時間が1時間遅くなるだけでも、通りの様子はうんと変わる。日は落ちて、今夜の晩ごはんの材料を買ったり、店先でバインミーを食べたりする人で商店街はごった返している。座り込んで話している人達もいて、お世辞にも「治安が良い」とは言い難いが、それも慣れた。"異"に対して寛容になれるのがこのまちのいいところだ。 おなかが空いたので、僕もなにか食べて帰ろうかとうろついてみた。あらためて一軒一軒見て回ると、こんな店があったのかと毎回新しい発見がある。が、新しい発見がありすぎて決定力に欠けたのと、この間エアコンの壊れた王将で一敗している(炒飯はおいしかったよ)ので今日はおとなしく帰ることにした。 「出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち」(Gakken)という本があり、装画がカシワイさんだったので表紙買いした山から取り出して読んでいたのだが、これがとても面白かった。「論語」と「論語物語」をベースに、孔子の弟子たちを悩める若者に見立てて論語をアレンジしたもので、悩み方の人間くささと、一貫した孔子の教えが身にしみる。公式ホームページによれば対象年齢は小5から中3だそうだが、大人でも楽しめるはずだ(よね?!)。 誠実で人のために、のようなことは自分の生きる上での羅針盤になってはいるが、そこには仲弓のように自己愛が含まれていたような気もするし、季路のように自分のためでもあったし、子頁のように嫉妬心もある。弟子たちのキャラが立っているので、なにも君子を目指しているわけではないが、ふとした時に、「あ、これは弟子の◯◯が陥った過ちかも」と省みられるようになったかもしれない。

繋がっているんだ

フレキシブル休暇という、労働者がフレキシブルに取得できる休みがあり、ぼくも持っていた。それをこの日に使ってねと言われたので昨日は休みだった。この場合フレキシブルなのは休暇ではなく自分のほうだと思うが、まあオフィスのレイアウトを変える工事があるだとかで、しゃーなし。自分としても病気以外で平日休みだったのはよく考えたらひさしぶりだったので遠慮なく調整日にした。 3年ほど前から、オンラインでスプラトゥーンを一緒にやってくれる仲間がいる。4人で1チームになって、相手と陣地を塗り合うゲームだ。たまたまチームの一人があまり参加できなくなったところに、もともとぷよぷよで鎬を削っていた高校からの友達が引き入れてくれた格好だ。 関係性を維持するのはけっこうむずかしい。スプラトゥーンのメンバーとは、これがあるからなんとなく近況が知れたり、気軽に与太話をLINEで送りあえたりする。しかし、自分や相手の生活の変化に伴って疎遠になってしまったコミュニティもたくさんある。ぼくはこの3人が好きだから、できれば老人になっても一緒にスプラトゥーンをやっていたい(本当か?)。 目下、楽しみなのはSwitch2だ。5回目の抽選にしてようやく当たり、今月末あたりには届くとのことだ。やりたいタイトルもあるし、すでに持っているゲームも2仕様にグレードアップするらしい。eスポーツは認知機能を高める効果があるとかないとか聞くので、やはり老人になるまでゲームはやるべきだと思う。

本を耕す -「レイアウトは期日までに」

この前、「レイアウトは期日までに」という本が新大久保を舞台にしているといって紹介したが、その時に新大久保である必然性はなさそう、というようなことを書いた。あらためて読み返すとそんなことはなかったので悔い改め、以下に調査結果を記したい。物語の核心に関わることは書かないつもりだが、本文中の記載には触れていくので気になるようだったらブラウザ・バックしていただき、読んだあとに戻ってきてほしい。 * この物語は契約を切られたデザイナー・赤池めぐみと毀誉褒貶(きよほうへん、よめまへん)激しい天才装丁家・桐生青が新大久保に構える事務所を主な舞台として展開する。実は、序盤で赤池が桐生の事務所を訪れる描写だけでその場所がどこにあるのかはかなり高い精度で推測できる。まず桐生から送られてくる住所が、番地はぼかしてあるものの百人町だという記載がある。そして、実際に赤池が桐生宅へ向かう際、「テニスコート」と「保育園」の描写がある。保育園はいくつかあるが、百人町に現実にあるテニスコートは二丁目の「トマステニス」だけだ。よって、事務所はおおまかに百人町二丁目のトマステニス付近だと考えられる。 また、赤池が仕事終わりに犬の散歩に行く際、「大きな病院のある通り」を経由して実在する「東京グローブ座」を通過している。トマステニスを左手に北へ進むと、東京山手メディカルセンターという総合病院のある通りに出る。東京グローブ座はメディカルセンターのちょうど東にあり、さらに北上すると西戸山公園にぶつかる。赤池が、この西戸山公園らしき場所で他の飼い主と交流している様子も見られる。 そして、極めつけが「昔このあたりに大きな映画撮影所があった」という言及である。あまり気にしていなかったが、これは梅屋庄吉が1912年に創立した日本活動写真株式会社(日活)のことだと思われる。日活があったのは百人町2丁目23番地。まさしく先ほどのテニスコートがあった区画である。本編では梅屋庄吉がモデルであろう人物も登場し、物語に大いに関係してくるため、「新大久保が舞台である必然性」はちゃんとあったのである。

マドリードで知らない御婦人とレクイエムを聴く

スペインのマドリードに例によってえらい先生のかばん持ちで行った時の話。期間中の夜、マドリード国立音楽堂でモーツァルトのレクイエムと、ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」が演奏されることをチェックしていたので、ホテルから30分ほどテクテク歩いて当日券を買いに行った。何があるかわからなかったので、予約するのはやめておいたのだった。 しかし案の定というか、チケットカウンターに赴くと当日券はないことを伝えられる。まあそうだよな、と肩を落とすと、受付の方が「チケットはないが、このあたりにいると何かいいことがあるかもしれない」と、いうようなことを伝えてきた。意味が咀嚼できなかったが、一旦指示通りに音楽堂前の広場に佇んでみた。 しばらくすると、落ち着いた雰囲気の老婦人が近づいてきた。なんだろう、と思っていると「あなた、チケットがないの? 一緒に聴く予定だった息子が来られなくなったから、よかったらどう?」というようなことをおそらく言ってくれた。僕が喜んで「ありがとうございます、いくらですか」と言いながら懐を弄ると、「こんなところで現金を出しちゃダメよ、危ないじゃない」と窘めてくれた。 そうして僕は御婦人と一緒に音楽堂のP席でモーツァルトを楽しんだ。せっかく恵んでもらったのに、疲れていたからか、レクイエムで少し鎮魂してしまった。この話はいろんな友達にしており、ぼくのトークデッキの中でもわりと強めのカードなのだが、なぜ受付の人が「待ってるといいことがある」と言ってくれたのかは未だにわからない。広場でチケットを融通する文化があるのだろうか。あの御婦人は、今もお元気にされているだろうか。

俺は剛球豪打のメジャーリーガー

さあ延長戦の始まりだ、と言いたいところだが三打席目もあえなく凡退してしまった。けれど今日は次のフェアのために頼んでおいた本がたくさん店着したので、いそいそとフェア台の入れ替えをした。本を並べるのが一番たのしい。どれとどれを隣り合わせにするといいのか、自分なりの文脈を考えながら展開する。それは決して強いメッセージではなく、なんとなく感じ取ってもらえたらいいなという仄かなものだ。 ありがたいことに後釜の方はもうずいぶん仕事を覚えてくれて、たった3日で十分まかせられるレベルになった。その上、僕がフェア台をいじっていたら、棚づくりやポップにも興味を示してくれたのでこれからがとても楽しみだ。本屋は生態系。僕が離れても、また別の形で育っていく。 夜は急きょ友人達が集ってくれたので安心と信頼の梁の家でカキジョンとイイダコサムギョプサルをつつきながら近況を話しあった。さすがにちょっと話題が遠くなったというか、パンダ頭に最近の大学事情はわからんのだが、それでも軽率に話せる関係性が嬉しい。 明日は何をしようか。青山ブックセンターの「333人が、この夏おすすめする一冊。」フェアが気になっているので見に行きたい。と思ってはいるが、結局調整日になることは予想に難くない。でもねえ、暑いし調整も大事だよ本当に。

昼夜逆転

昨日はすっかりくたびれて、泥のように眠ってしまったので日記が書けなかった。エアコンの壊れた餃子の王将であつあつのチャーハンを食べたせいで軽い熱中症になったのかもしれない。あわてて水をごくごく。新大久保の餃子の王将は、新大久保ナイズされていてちょっとほかとは違う雰囲気が味わえるので、もう少し涼しくなったら、もしくはエアコンが直ったらぜひ訪れてみてほしい。 夜営業をはじめたぶん、朝も遅くなった。SFアンソロジー「すばらしき新式食」(装画:カシワイさん)を少しだけ読んで、電車の中で昨日を振り返ることにした。 二度目ましてということで、緊張感も多少和らいだのか、初日よりは落ち着いて教えられたかなと思う。レジ打ちも発注もスムーズに覚えてくれて、とても助かる。「説明するのがうまいですね」と持ち上げてくれたので、まあ説明する仕事ばかりしていたからな・・・とまんざらでもなく鼻をこすった。 その夜営業だが、現時点では空振りが続いている。今日が三打席目なのでそろそろヒットをかましたいところだ。ただ、時間が定着するまでには時間がかかる(?)ので、こういう施策は長い目で見たほうがいいとも思う。焦りこそ最大のトラップ。今日も一日頑張りましょうね。

つづく

革靴を履いて軋んだ足で帰路につく。結果的にべつにそんな必要はなかった気がするが、まあ気持ちの問題ということで。持ってて困るもんでもなし。それにしても、靴といいスーツといい、世の労働者はドレスコードだけでデバフがかかりすぎてやしないか。僕が安物を使いすぎなだけか。 とてもひさしぶりに二人体制で店番をした。自分がしてもらったことを返そうと思っていたが、まるでトンチキで、前任者はすごかったんだなとあらためて噛み締めた。おそらく僕は知識の伝授は多少できても実技の指導は向いていない。新しい方が明るくてしっかりしていそうなのが救いだ。 今日から試行的に夜営業をしている。といっても一時間延ばしただけだが、まちの書店の威厳を保つためにも、とおとつい進言したらもう今日からやることになった。思い立ったらムーミン一家ばりの機動力を発揮するなあ。ちゃんと結果が出て、継続的にできるようになるといいな。皆さんも、少しは来やすくなったはずなので、よかったらおいでなさーいな。 引き継ぎに催事に、少し忙しくなりそうだ。でも、やっと貢献できるという気持ちのほうが強いかもしれない。新刊がなるべくたくさんの人のもとに届くよう、できることをやりたいと思う。

どこにあるやら次元のはざま

今日はちょっとひさしぶりのオフィスデー。他部署とのミーティングに参加したりして、エレベーターで挨拶してくれたあの人がこの人だったのか、と顔と名前が少しずつ一致していく。国籍(絶対)も性別(観測範囲では)もマイノリティな場所だが、なんとなくの雰囲気が大学の部局に似ている感じもあり、居心地は悪くない。 新しいアルバイトの方が来ることもありマニュアルを改訂しようかと思って読み返していたが、あまりにできがよかったので運用が変更された事柄以外なにも書き直す必要がなく、そっとファイルを閉じた。「不安なくやってほしいじゃないですかあ」と朗らかに笑う学生さんを思い出す。あの心配りは自分も見習いたいものだ。 夜は友人が教壇に立つということで御徒町の学術バーQに寄ってきた。いろんな研究者が毎日入れ替わり立ち替わりお酒を飲みながら自身の専門について語るイベントスペースで、とても面白い。特に、今日から隔週火曜、友人が高等教育論について連続して語る企画をやっているのでぜひ足を運んでほしい。 明日はとても久しぶりに、科学技術・イノベーション的な場所に行く(どこ?)。そういえば、最近すっかり私服出勤が定着しているし、フォーマルな服や靴はずいぶん処分したうえにこの間最後の革靴を履き潰したことを思い出して慌ててQの近くで黒靴を買い足した。御徒町っていいまちだよなあ。

そうして前に進んでいく

新しいアルバイトの方に入ってもらえることになった。この数ヶ月、平日はほぼ自分ひとりで回していたのでとてもありがたい。かわりに入ってくれる方がいれば、その時間僕はべつの仕事ができる。引退まではいかなくとも、これから店番の日はかなり減るだろう。もとよりボスはそのつもりだったようだし、僕も厚意に甘える気だったが、書店員は書店員でとても気に入っていたので少しだけさみしい。 とはいえ、事業そのものを手放すわけではないので企画や選書は引き続きするし、もっとよい本屋にしていくという意味ではむしろ動きやすくなったと言える。全く何も考えていなかったが、半年現場で学んでから企画に移るという字面だけみればものすごく真っ当なキャリアパスを歩んでおり、相変わらずのごっつぁん人生ぶりである。 ちなみに他になんの仕事をするのかというと、もはやレギュラーコンテンツとなってしまった「大パンダ展」に関するあーだこーだ、官公庁出身であることによって期待されているらしいあーだこーだ、教育関係であることによって生じるあーだこーだなど、あーだこーだで多岐にわたる。時々いったいなんの会社なのか疑問に思うこともあるが、まあそれはそれでこのまちにある会社らしいかと納得することにしている。 春に自分が来た時には、前任の学生さんがこれまでの職業人生で受けたどんな引き継ぎよりも手厚くOJTをしてくれたので、ちゃんと次の世代に還元せねばと思う。

800字で2作品レビューしている

「東京サラダボウル」全5巻を読んだ。僕が今のつとめ先に来たばかりのクールにやっていたドラマで、新大久保がロケ地になっているだとかで話題になったのだ。ドラマはあまり見ないのでその時は流してしまっていたが実はちゃんと漫画原作があったことに気がついた。それも、僕の好きな「クロサギ」の作者である黒丸さんの作品だ。 東京サラダボウルは、在留外国人の多い新宿区を舞台に、所轄の国際捜査係につとめる鴻田と、警察通訳人である有木野を主人公とした(たぶんおそらく)バディもので、外国人との共生や、さまざまなマイノリティの課題にも切り込みながら展開する。有木野はクロサギの黒崎からやんちゃさというか、年齢ゆえの幼さを削った感じ、逆に鴻田は氷柱ちゃんが比較的穏やかで、立場上どうしても本筋にも絡みづらいところがあったからか、パワフルで、物語を動かすキー・パーソンとなっている。通訳というテーマ上、中国やベトナムの言葉なんかも知れてとてもよい漫画だった。 何をしているかといいますと、ようするに新大久保モノを探しているのだ。うちの売れ筋「ルポ新大久保」もそうだが、研究対象として新大久保を扱う書籍なら土地の性質上いろいろとあるが、もう少し気軽に読める作品をそろえたい。この間読んだ「レイアウトは期日までに」(碧野圭、U-NEXT)がたまたま新大久保を舞台設定にしていることに気づいてから、知らないだけで「かくれ新大久保」本はまだまだあるのではと考えている。 「レイアウトは期日までに」は契約を切られてしまったデザイナーと、うれっこだけど少し変わっている装丁家のこれまたバディもの。公式のあらすじでは新大久保には特に触れられていない。それもそのはずで、地の文に百人町が出てきたり、実在する韓国料理屋で食事をする描写こそあるものの、新大久保である必然性が物語に(たぶん)ないのである。帯にだけ「新大久保に事務所を設立」と書いてあったので、気づいたのが奇跡というか、本屋をぶらぶらする意味ってやっぱりこういうところにあるよなあと腕を組んでうんうん頷くばかりである。

文フリに出展

してみたい。僕の行動原理はあまり変わっていなくって、「研究したことがないのに研究支援の議論をしていていいのか?」というのが大学院進学のひとつの理由だった(ので業界から退いた今はモチベーションが停滞している)し、いまは本を作る事業のある部署にいるんだから本を作る経験をしておいたほうがいいんじゃないか? という気持ちがある(もちろん純粋な興味も)。 noteの日記が順調に溜まっているのでこれの体裁を整えてまとめるというのが実は一番早くて、あるタイミングからなるべく1記事4パラグラフで完結するように自分の中でフォーマットを決めている。4コマ漫画ならぬ4パラエッセイだ。僕はだいたい1パラグラフあたり150字強でまとめるので4パラなら600字。ショートエッセイとしては申し分ない。 1ページに1記事はめこんで、判型はコンパクトにA6。いまの段階で50以上記事があるので、このまま続けられれば100ページくらいにはできる。薄い本としては十分だろう。問題は需要があるかどうかだが、これも棚主と同じで「やること」が目的なので売れなかったらそれはそれで仕方がない。 それから、「科学技術薄書」というエッセイ集を書けないかというアイデアがある。僕とこれまで縁のあった方々になにか共通のテーマを提示してオムニバス形式にする。こちらはB6くらいの大きさがほしい。絶対に面白いと思うが、スケジュール管理が複雑になるぶん、難易度は上がる。ただ、今できる貢献という意味では、やりたいというよりは自分がやるべきこと、のような気もするのだ。

木工ボンド部プレゼンツ

本部から使ってないイーゼルがあるからいるかいと言われて、一応店のまえにひとつ置いてるしなあと思いつつも、ものは何でもあればあるだけいいのでもらってきた。裏紙も古いショップカードも、使えるものはなんでも資材だ。さっそくお客さんのいない時間に開封の義を執り行う。 上質で縦に長い、濃いめの茶色の板が何枚か入っていたので、どう組み立てるのかなと説明書を眺める。あれこれ金具も入っていたのでこれはちょっと骨が折れそうだと思いつつ、まず最初に指定された板同士をくっつけようとしたら、いきなり木工ボンドで接着するよう指示があるじゃないか。親切にもランチャームサイズのボンドまで同封されている。せいぜいネジと六角レンチくらいですむと思っていた。イーゼルをなめていた。 にょろにょろとパーツの凹側にボンドを流し込み、凸側をさしこむ。あたりまえだが瞬間接着剤ではないのですぐにはくっつかない。そのまましばらくお待ちください。普段こんなことはしないのでこの程度の作業で十分DIY気分が味わえる。 空いた時間でちょっと棚をあれこれいじった。韓国棚と語学書の文脈が途切れていたり、雑貨によって本と本の間がダーウィンの海になっているのが気になっていたのでいい機会だ。畑じゃないがやっぱり棚いじりは楽しい。すっかり閑古鳥が鳴いている神楽坂のマイ棚は一念発起しないといじりにいけないのが玉にキズだ。ところでイーゼルどうしよう。できたはいいが、置くものがない。やっぱりパンダの写真かなあ。