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大阪も行きたいよね

神楽坂の一棚書店から、本が旅立った。「つくる人になるために: 若き建築家と思想家の往復書簡」という灯光舎さんの本で、装丁も凝っているお気に入りの本だ。ぺぞ書店開店2カ月にしてはじめてお買い上げいただいた。良き本は、良き人のところへ。 自分が置いた本を買ってもらえるのはやはり嬉しい。勤め先もそうだが、ぺぞ書店は東京日仏学院内の書店の、それもすみっこにあるので、見つけてもらえるのがもうありがたい。そろそろ、棚替えに行ってあげないといけないな。 休日だったので龍が如く0をやりこんでいた。桐生ちゃんと真島の兄さんがまだ出会う前の物語。2人の主人公が神室町(歌舞伎町)と蒼天堀(道頓堀)を舞台に別々の視点で極道の抗争に翻弄され、次第に交わっていく。こういう、多視点ものはゲームでも本でも好きなので面白かった。 如くシリーズはもうナンバリングだけで8まであるが、ようやくSwitchで展開されはじめたのでこれから先も楽しみにしている。11月に2か゚出るようなので、それまでは0の寄り道回収に勤もうと思う。

この世界の真ん中で

一週間が無事におわる。なんだかくたびれた。本番は来週からだというのに、電車の座席にもたれかかると心地よい疲労感に包まれ、眠気がどっと押し寄せる。催事に連続で勤務するのが実ははじめてなので、こんなことでは足腰が立たなくなるのではないかと今から心配である。 しかし、過去2回と比べても事前準備への関わりが増えたので、そのぶん楽しみも大きい。真心をこめて包んだので喜んでもらえたら嬉しい。きっといろいろ予期せぬエラーが発生するのはわかっているので、どうせならそれさえも楽しもうと思う。地球が爆発しなければ大丈夫。 そういえば、今の身分での勤務は今日が最後だということにはたと気づいた。今日は時間間際までなんだかんだバタバタしていたのでなんの実感もなかったが、来週からは一応、言い訳のきかないポジションになってしまう。 昨日、同僚たちと話している時に「なんで社員になってくれたのか」と問われて、咄嗟に正しく答えられなかった。本屋が好きになったというのもあるが、頑張っている人を応援したいということ、身辺大変な時期に拾ってもらった恩義があること。少なくとも、返し切るまではここにいるつもりだ。

4098〜封鎖された新大久保で〜

今日は一日中封詰めとシール貼りの内職をしていた。これは僕がひとつひとつ心をこめて包んだ缶バッチですよと皆様に主張したい。昨日の客入りは上振れだったが、今日もまあ悪くない栄え方だったと思う。 夜は同僚達とネパール料理屋で干し米などを食べた。ダルバートはたぶんはじめてだったが、いろんな付け合わせと食べられて旨かった。新大久保は本当に食べ物に事欠かないまちだ。 うちの会社は大半が中途採用で、またどこかへ行ってしまうことも多い。みんなの人生の交差点だな、とふと思った。今日のメンバーは皆大人で居心地がよいが、ずっと同じではないかもしれない。大切にしたい。  明日もたぶん内職祭りだ。今回のグッズはとりわけ可愛いので、袋詰めといえども楽しい。なんだか文化祭の準備をしているみたいだ。

明日の本屋に幸あれ

少し前に、今の3倍お客さんが来てくれたらこのシノギだけでやっていけると書いたら、今日ほんとうにそうなった。何があったのかわからないが、入学シーズンでもイベント期間でもないのに勤め始めてから一番たくさん来客があり、売上もこの半年では一番高かった。毎日こうあってくれたらいいのに。 まあ長くやっていればこういう日もあろうということだとは思うが、その「長くやる」ことが大切やに思う。店はなるべく開ける。売れ筋のストックは切らさない。来てくれた方への一匙のもてなしを忘れない。とにかく、本屋として存在しているという既成事実を主張し続ける。半年やってきたことがかたちになりつつある・・・のかもしれない。 にぎわいの傍らで内職も捗った。今度の催事で販売するグッズの封詰めだ。手先を使う細かい作業は苦手だったのだが、ここに来てからかなり鍛えられた。結局苦手のほとんどは(フィジカルの要求を除けば)苦手意識によるものなのだと思う。 毎日こうなるために明日もまた頑張るのだ。半端ないぱっぱらっぱっぱらっぱらっ。

事務こそが最強のスキルである

っていう本書いたら売れそうじゃないですか。 まあ事務の定義もあいまいだけれども、たとえば大学で先生が避けたがる、事務。行政で手続き上煩雑だけどどうしてもやらざるを得ない、事務。世の中、新しいことをしたり企画を立てたり社会的意義のあることに勤しんでくれる人はたくさんいるが、その横に必ず存在するいわゆる「事務」を掃除機のように吸い取ってくれる人は案外貴重なんじゃないかいという話。 自分に関して言えば、そういう煩雑な事務にたぶん慣れてはいて、べつに嫌いじゃないというかむしろ好きまであって、僕がそれをすることでだれかのパフォーマンスが上がるならわりと喜んで引き受ける性格なので、これが今までの研究者支援にも繋がっていたと思う。そして別に必ずしもその対象は研究者じゃなくてもよくて、応援したい人だとか、うちの組長みたいになんかよくわからんけどアホほど仕事抱えてそうな人()から雑務を剥がすというのはこれでけっこうやりがいがあるのかもしれない。 しかし昨今では大学の職員も高度化が進んでいて、ここでいうようなブルドーザー型の事務を突き詰める人はたぶんもう求められていない。なので僕のようなタイプはちゃんと飼い主を見つけて、自分が草むしり検定1級であることをアピールしたほうがいいのだろう、ということにこの歳になってようやく気がついた。

カラダもってくれよ

ようやっと、労働条件が提示された。もしこのタイミングで「この条件ならやめます」と言われたらどうするつもりだったのか気にはなるが、想定の範囲内だったので意地悪せずにちゃんと引き受けた。だいたい大学にいたころくらいの水準に戻ったといえるが、それでいいと思う。引き換えに、無茶をしなくて済むならば。 ただし僕は至極まっとうな労働者なので、成果はあげたい。きっちりシノギをおさめて、この世界でのしあがるのだ(すーぐ影響される)。さておき、利益率がどうのこうのと言われようとやはり僕は自分は書店で採用されたし、この書店が気に入っているので理想は書店の売上だけで十分なシノギを得ることだ。 ちなみに試算では、いまの3倍のお客さんが来てくれればそれが達成される見込みだ。企業への研究開発投資3倍増という謎の言葉が頭をよぎる。僕が店番をする日はこれからぐっと減るが、連絡をもらえればその後おいしい韓国料理(梁の家)かネパール料理(モモ)をごちそうするのでぜひ新大久保に遊びに来てほしい。

棚主になってみて

一棚本屋を棚主になって2ヶ月ほど経つ。それでちょっと感じたことがふたつ。ひとつは棚が足りないことと、もうひとつは棚つくりが難しいということ。 そもそも雇われとはいえ、店ひとつそれなりに自由に手入れできていた身からすると、いくら選書が自由でも棚一つでは置きたい本に対して広さが圧倒的に足りない。せめて列一本分くらいはないと満足できない、ということがわかった。 それから、棚をいじるために都度出向く必要があり、それが難儀だ。店ではすぐそこに棚があってヒマさえあれば棚変えもできたので、休日に搬入や入れ替えのためだけに出かけるというのはなかなか骨が折れるというか、どうしても腰が重くならざるを得ない。 まあ、ゆっくり自分のペースでやればいいとは思うのだが、もはや棚じゃなくて本屋を開業しないと、自分の欲は満たせないのではないかという気がし始めている。